オナ禁×筋トレの恩恵、実際に体験してみて分かること

海で太陽の日差しと反射光に照らされる男 セクリセへの道

ご訪問ありがとうございます。加藤マモルです。

ここでは現状、過去も含めて、オナ禁を通じてどんな生活が実現しているか?について書き綴っていきます。

まず、当初の目標だった、オナ禁安定的1週間ペースというのは確立されており、そこに何の努力も必要とせず、意志の力もすり減ること無く、ストレスも一切ない状態です。

抜きたくなったら、いつでも抜けばいい。

そういうルールでやった上で、気付けば1週間ぐらいは当たり前になっているという日々です。

2週間行くときもありますが、基本1週間単位でセックスはするため、ポルノで抜いてもセックスで抜いても結局は、射精による一時的なエネルギー低下というものは避けられないため、基本的には1週間単位ということにしています。

それで生活上、何の支障も無いですし、そもそもオナ禁って1週間を超えたあたりから効果が頭打ちになるといった文献も見受けられ、僕は専門的なことには興味が無く、まずは実践主義なのですが、実際に2週間、3週間とやっていったところ、確かに超サイヤ人状態なるものには近付きますし、仕事面、異性面において、この状態がキープできれば、何かすごいスパイラルができそうだという期待の反面、僕自身は別に普通のサラリーマンで、普通の生活ができれば十分に幸せで、たまにすごくエッチなことや、臨時収入でテンションが上がるような経験ができれば、あとは身近な人達と楽しく過ごせれば十分満足、そういった価値観ですので、オナ禁を2週間、3週間と繰り返して、暴発しそうになるぐらいエネルギーを上げてまで、得たいものって、特に無く、それなら1週間単位でセックスする生活の方がよほど望む生活、ということで、オナ禁は1週間ペース、セックスしない週は思いっきりポルノで抜いて気持ち良くなる、そんな生活を繰り返していて、でも欲を満たすタイミングは仕組みでもって調整できるため、日々の生産性と性欲発散、ドーパミン放出を上手く両立できたような、無理無く、満足度の高い生活となっています。

オナ禁に関しては本当に奥が深く、最初の数年間はどうしても1週間どころか、3日間すら上手く行かず、どうしてこんなに失敗するんだ…?、自分自身すらコントロールできないんだ?、日々の生活に支障が出てしまうような酷い状態から抜け出せないんだ?、こんなレベルで試行錯誤する日々で、それはそれはオナ禁に関する情報の収集や日々の実践、小さなテストの連続に、少なくないコスト、それこそ残りの人生をかけて取り組んできたような側面もありました。

今ではあんな期間はもう二度と経験したくないですが、あの頃の怒涛の試行錯誤の日々があったからこそ、今の生活での地に足のついた盤石さ具合と、何か新たなことに取り組む上での確実な習慣化と、そこから得られる確実な一定の成果、といったものを謳歌し続ける人生へと様変わりすることができました。

職場での仕事にしても、異性面にしても、その日何かしらに取り組んだら、その日のうちに、確実に何らかの成果が積み上がり、それらの成果を羅列することができる、そんなスキルなり習慣すら、もはや当たり前になってしまいました。

オナ禁に取り組む真骨頂として、その日何も成果が出ていないように見える、何なら、マイナスの影響が積み上がっているようにすら見える…そんな不安だらけの状況ですら、そのときに目指している目標から逆算して、今の状況、ホントに成果が全く無いのか?、羅列できるような成果はほら、こんなにあるだろう?、こうしたワークを日々、己に課し、自分の今いる立ち位置というものを客観的に把握し、途中で挫折したり、自分が実は惨めな状態にあるのでは?、そんな負の感情からすら、己を自由にしてしまう、そんな強靭なメンタルの確立すら実現しました。

もはや痛覚が麻痺してしまっていて、普通ならどんな痛みの状況というのも、自分からしたら、こういう側面で、目標に向かっては、着実に前進し続けている、そんな正の捉え方を常にできるようになりました。

今の自分がひと昔の自分と比べて、どれだけ得ているものが増えたか?、どれだけの恩恵を受けているのか?、何なら、そもそもこうして生きているだけ、この世に、この日本に、生を受けたというだけで、どれだけ恩恵を受けているのか?、恩恵を周りに与えられているのか?、このあたりの根源的な、アイデンティティにも関わるような部分に至るまで言語化し、己の精神の奥深くに宿らせる、だからこそ、夢に向かって突き進む道中、どんなネガティブなことや妨害を受けたところで、一時的に負の感情を抱いたとしてもまたすぐに、元のプラスの状態にまで自己復帰し、己の信念のためなら、周りの誰からも負の影響を受けない、ドリームキラーなんて視界から消えてしまっているようにしか見えない、そんな精神状態すら手に入れることになります。

オナ禁での失敗の連続というものは、それだけ精神的には辛いものであり、その痛みに耐え続け、壁を乗り越え続けた結果、ちょっと普通ではない精神状態に辿り着くことになります。

若い人にありがちな、自分を責めたり、些細なことで罪悪感に駆られて、本来取りたい行動が取れず、誰かに許可を得ていないと安心して自分の好きなように振る舞えない、そんな窮屈さとも、年々、無縁になっていく自身を実感することにもなるのかもしれません。

さて、そんなオナ禁による習慣化生活ですが、筋トレとの相性が滅法良いのです。

最近はYoutubeなどで簡単に、筋トレノウハウなども収集して実践できる、究めてイージーな側面もできた時代であり、僕も若い頃は某健康管理雑誌の筋トレ記事など参考に、自宅や学校の器具での筋力トレーニングにも励んだものでしたが、やればやるほど疲れていくだけで、全然筋肉がつかず、途中でもうやる気がなくなって、本当に最低限しかやらなくなりましたね。

それがオナ禁と習慣化を学びながら並行して筋トレ実践した今から5年以上前から、正しい筋トレのやり方と、それらの習慣化を盤石にできたおかげで、そこからは、自分には特につかないと思っていた大胸筋、いわゆる胸板ってやつですね、これが少しずつついてくるようになり、今ではビッグ3と呼ばれる、胸・背中・太もも、これらを中心に、当時の、線が細いと言われることすらあった自分からしたら、まるで別人のような体格に変わっていき、今では出会う男性には身身体がゴッツいと言われるようになり、寝た女性からも胸板や全体的に守ってくれそうな身体つきが好き、などと言われるのも当たり前になっています。

オナ禁と筋トレは相性が良く、片方が一時期低迷しても、補完し合えるんですね。

そしてどっちも、仕事面・異性面・健康面に、メリットだらけなのです。

やらない手はないですね。

筋肉に関しては、ジムのマッチョな方々からしたら、全然ヒヨッコレベルだと思います。

僕もそういうレベルを目指しているわけではありません。

マッチョになるための筋トレではなく、オナ禁と併用して、人生全般が底上げされ、日々の頭の回転や仕事のパフォーマンスが爆上がりするような、云わば、ブレインアスリートの道を行進し続けるための筋トレですね。

結果的に普通よりはゴッツくて、メリットも得られる、そんな身体つきまで手に入りますので、一石二鳥、三鳥では済まないような恩恵の日々へと変わります。

筋肉にすがる痛い人というネガティブなイメージを持たれることもある筋トレですが、実際に取り組み続けた結果、筋肉ってすがるものではなくて、正しい生活を当たり前にやり続けていたら、ついでに勝手に増え続けるものであり、お金の貯金と似ているもので、単にそこに筋肉なりお金、はたまたセックスできる相手でも、増え続けていたらそりゃ、日々の快適度や充足感が増えるのは当たり前で、より良い仕事や社会貢献ができることにも繋がる、その土台として、こんなに簡単かつ出戻りの無い営みは無いだろ?、何ならチート的なアプローチである、とすら、思えてしまっている次第です。

今回の記事ではオナ禁や筋トレの恩恵について書いてきました。

これらだけでも恩恵は計り知れませんが、これらだけでは云わば、自分自身の中で閉じた成果に過ぎず、端から観たら、この人の何が凄いのか良く分からない、そんな状態に過ぎないと思います。

それがネトナンを併用したときに、実際に出会えたり、普段やり取りしたり、デート、セックスした女性からの事実としての評価や感謝・感動の言葉というフィードバックをもって、自分が今、どの程度なのか?を客観的に自覚することができます。

人付き合いにおいてこんな計測的なことを考えているのもキモい話ですが、この視点があると、初対面の出会いに滅法強くなっていきます。

特に異性との出会いにおいて、それまで無かった視点が加わり、そうしたことに普段から慣れ親しんでいる異性とのお付き合いが更なる知見、エネルギー源となり、それらがまた回り回って、仕事面や健康面、次なる異性との新体験や、ひいては副業収入といった分野にまで、自然と繋がってくる話にもなります。

ネトナンもまた取り組み初期の慣れない頃の痛みは計り知れませんが、オナ禁や筋トレと同じく、徹底した合理化、習慣化を究めることで、たとえ元々コミュニケーションがそんなに得意でなくても、自身に向いたやり方で、成果を量産できるようになってくるんですね。

また別の機会に、こうした話も取り入れていこうと思っています。

それでは今回はここまでです。

最後までお読みいただきありがとうございました。